寺院年表

 

971年
(天禄二年)
寺史によると十八代天台座主慈恵大師良源(元三大師)によって創建
当初は浅間山付近(玉垣神社向かい)に堂宇が建立され、如願寺(女元寺)と称す
古文書に「女元寺村の祈禱所にて滅罪一人もなき寺」とあり
平安後期 長生不動明王立像がつくられる
鎌倉時代 長生不動明王立像の火炎光背がつくられる
1658年
(万治元年)
九月吉日
鰐口がつくられる
「奉拝鰐口関東上総國長柄郡一庄下之郷如願寺並念仏衆五十八人」の
銘あり
1674年
(延宝二年)
松平信平公、四代将軍徳川家綱公より上総国下之郷村(852石)知行地を与えられ、初代領主となる
1689年
(元禄二年)
七月二十八日
初代領主松平信平公、ご逝去(享年54歳)
[ 覺性院殿従四位前羽林次将圓洞浄融大居士 ]
1689年
(元禄二年)
十二月二日
松平信政公、信平公の遺領を継承し、下之郷二代領主となる
1690年
(元禄三年)
中興の祖である恵観上人は信平公の菩提を弔う為、荒廃した如願寺を浅間山から現在の地に堂宇を移転、位牌を安置する
1691年
(元禄四年)
恵観上人、如願寺から弘行寺と改名
1692年
(元禄四年)
十一月二十五日
二代領主松平信政公、ご逝去(享年31歳)
[ 温恭院殿従四位拾遺法嵓純真大居士 ]
恵観上人、位牌を安置する
1696年
(元禄九年)
 金箔阿弥陀如来立像がつくられる
1733年
享保十八年
九月十二日 中興の祖である大阿闍梨竪者法印恵観上人が入滅
江戸時代 歴代住職、玉垣神社の別当を務める
一時期玉垣神社赤神輿を安置する

御前立不動明王立像、阿弥陀如来座像、名主をモデルとした囲碁を打つ人物像、天台大師像伝教大師像など寺宝が多くつくられる

1919年
(大正八年)
二月二十五日
睦沢町一帯を襲った大雷雨により、本堂・庫裏・不動堂・山門が焼失
寺宝も多く焼失するも、長生不動明王立像は救い出され、難をのがれた
1920年
(大正九年)
同区の旧家で土睦村初代村長の中村甚五兵衛氏が自宅の山門を寄進
本堂が再建される
1974年
(昭和四十八年)
現在の本堂・庫裏が再建される
上総國長生不動尊 弘行寺(ぐぎょうじ)
〒299-4414
千葉県 長生郡 睦沢町 下之郷 1875